第47話 夢に手が届くとき

画像 夏が来た。源助床に入って4度目の夏だ。今年は例年になく猛暑のようだ。お客さんの家に行く途中で見かけた犬は、舌をべろりと出してぐったりしていた。太陽と向日葵だけが、元気そうだった。浩ちゃんも僕も汗だくで仕事をしていた。冬、水から豆腐を取り出す圭さんの手は、真っ赤で気の毒だった。しかし今は、冷水に手を浸せる圭さんが羨ましい。僕も圭さんが掬う豆腐のように、冷たい水につかりたい。
 今日は7月15日、定休日だ。朝、布団をたたんでいると、僕の敷き布団を見て浩ちゃんが声をあげた。
 「夢二!すごい汗!夢二の汗が人型になってるよ。」
 布団を見ると、僕が眠っていた姿勢のまま、人型ができていた。全身でおねしょをしたみたいだ。
 「今年の夏は暑いからねえ。僕、元々汗かきだし。」
 「汗かきすぎだよ!」
 元々汗はよくかくけれど、こんなことは初めてだ。今年の夏は、格別暑いのだろうか。それとも、成長期で体質が変わったんだろうか。

 午後、的場(まとば)小学校の横山先生を訪ねた。横山先生とは、毎月定休日にお会いしている。先生も仕事中なので、少ししかお話できないけれど、これがあったから、僕は独学を続けることができた。検定試験の勉強を始めて、もはや1年が過ぎていた。
 先生は、今日に限って僕の顔を見るなり、挨拶もせずに切り出した。
 「夢二、顔色が悪いようだけど、身体は大丈夫なのか?」
 驚いた。そんなに僕の顔色は悪いだろうか。身体はどう、と言われても、特に悪いところはない。汗をよくかくくらいだろうか。
 「大丈夫ですよ。寝不足が続いて、少し疲れているだけです。」
 「…そうか、先生の思い過ごしかな。ところで夢二、今年の10月の検定試験を受けてみないか?」
 「え!」
 「いつもほんの10分ほど話す程度だが、お前はよく教科書を理解しているよ。この分なら、十分合格をねらえるぞ。」
 「ほ、本当ですか!僕、もう検定試験を受けてもいいんですね!」
 「もちろんだ。お前はもう、師範学校の生徒よりも教科書を理解していると思うぞ。だが、油断は禁物だ。今日から試験までの3ヶ月間は、最後の全力疾走だぞ。」
 「はい!頑張ります!」
 帰り道、僕は小躍りしながら歩いた。僕が師範学校の生徒と十分渡り合えるなんて、本当だろうか。この1年、無我夢中で勉強したけれど、自分の理解力がどの程度のものか、皆目検討がつかなかった。検定試験なんて、まだまだ先だと思っていた。でもこの秋、自分の力を試すことができるんだ。
 にやにやしながら歩いていると、豆腐屋の圭さんが話しかけてきた。
 「おい!夢!何にやにやして歩いてるんだ!かわいい女の子の客でも来たのか?」
 「こんにちは!圭さん。そんなんじゃないよ。いつもひも引きありがとう。これからも、お願いね。」
 圭さんは、半年間、朝のひも引きを1日も休まずしてくれている。
 「なんだ、今日はしおらしいな。そんなこと言ったって、なんにも出ないからな!」 
 僕の勉強を支えてくれているのは、先生だけじゃないんだ。合格したら、みんなに感謝しないと。
 僕は10月の試験に向けて、もう1時間勉強時間を増やすことにした。

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